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りびんぐらいぶず断章

りびんぐらいぶず・・・・・・・・平成26年

りびんぐらいぶず・・・・・・・・平成27年

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りびんぐらいぶず・・・・・・・・平成29年

りびんぐらいぶず・・・・・・・・平成21年

りびんぐらいぶず・・・・・・・・平成22年

りびんぐらいぶず・・・・・・・・平成23年
りびんぐらいぶず・・・・・・・・平成24年
◆りびんぐらいぶず_H29年6月第2号_摂取不捨の利益はエンジンとして働く
◆りびんぐらいぶず_H29年6月第1号_聞名ループを考える_
◆りびんぐらいぶず_H29年5月第3号_なぜ聞名ループを提起したか
◆りびんぐらいぶず_H29年5月第2号_唯除五逆誹謗正法
◆りびんぐらいぶず_H29年5月第1号_伝道力の再生に向けて
◆りびんぐらいぶず_H29年4月第1号_澄浄歓喜
◆りびんぐらいぶず_H29年3月第3号_のんのんのんののんのさま_
◆りびんぐらいぶず_H29年3月第2号_浄土真宗の国際伝道〜歴史と現状〜_
◆りびんぐらいぶず_H29年3月第1号_歓喜讃仰せしむれば_
◆りびんぐらいぶず_H29年2月第3号_宗教が備えているべき特性に考える
◆りびんぐらいぶず_H29年2月第2号_四聖諦_
◆りびんぐらいぶず_H29年2月第1号_正覚寺の基本方針と同行方針
◆りびんぐらいぶず_H29年1月第1号_信前及び生因願以外についての吟味
りびんぐらいぶずのご案内

弥陀の名号となへつつ 信心まことにうるひとは

憶念の心つねにして 仏恩報ずるおもひあり (冠頭讃、註P555)

合掌、瓜生津隆雄和上・隆眞和上(先生)、梯 實圓和上と、立派な和上様方に今生でおめにかかり今日迄お育てに与って参りました。まことに有り難いことであります。

さて、「りびんぐらいぶず」とは何か、「日常生活」という意味が一つ、「生きとおしの命(無量寿)」と云う意味がいま一つであります。如来様より信心を賜る私(機)が如来様のお救いの目当てという意味で「らいぶず」と複数表現にしております。

私たち凡夫は日常生活の中で、無量寿如来の本願招喚の勅命によって呼び覚まされます。その時から、如来様の仰せこそまこと、わが身こそ愚かと顧み、浄土に向かって白道を歩ませて戴きます。

その後も依然として煩悩にさいなまれないということはありません。

わが身を顧みることは極めてお粗末であります。

けれども、それより以後は、如来様の仰せに呼び覚まされ続けるのであります。

有り難いことにお念仏を賜ってあります。

「南無阿弥陀仏」と称えれば、いつでも「南無阿弥陀仏」と聞こえて下さいます。

それは如来様のお喚び声でありました。

私の口をついて出て下さるお念仏は諸仏如来の名号讃嘆のお声と何ら区別がありません」。あるとき講義の中で瓜生津隆真先生がポツリとこぼされました。

私はそのお言葉にハッとしました。

まことに親鸞聖人は「南無阿弥陀仏をとなふるは仏をほめたてまつるになるとなり(銘文、註p655)。と仰せでありました。

その名号をお聞かせに与るのであります。称えれば、聞こえて下さる名号讃嘆のその名号を聞かせて戴くのであります。有り難さはひとしおであります。

「りびんぐらいぶず」は、折々に賜る問いとその回答の記録であります。

ご覧になりお慶び戴ければありがたいことであります。

忌憚のないご叱声ご指導を頂戴できれば更なる喜びとなることであります。合掌

正覚寺愚住 堅田 玄宥

 りびんぐらいぶず 

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